真保裕一特別インタビュ―(第1回)

 『黄金の島』の構想は5年前から抱いていた


なぜ舞台は「1993年」なのか

――『黄金の島』が、いよいよ週刊現代で連載開始になりました。これは、どういうお話なのか、チラっとさわりをご紹介いただければと思うんですが。

真保 ベトナムに逃げたやくざが、ベトナムの少年たちと知り合って、そこから冒険が始まるという話です。ほんとはもっと話したいけど、ちょっとまだ言えない。

――タイトルの『黄金の島』というのは、いったい・・・・・・。

真保 う―ん、まあご想像の通りというか・・・・・・まあ、そこには、いろんな意味がこめられてると思ってください。

――物語の設定は1993年で、いまから5年前なんですが、そこにはどんな意図があるのですか?

真保 93年というのはバブル経済がはじけたその影響が顕著に出ていた年だと思うんです。いまは、93年よりももっと日本はすごい状況になってますが、その93年のことを振り返るのもちょうどいいのかなと思ったんです。それと、ベトナムのボ―トピ―プルが・・・・・・おっと、これ以上は言いにくいな。

――連載開始までには結構な準備期間がありましたね。

真保 最初の打ち合わせは、1年以上前でしたねえ。

――最初の打ち合わせは、真保さんが『奪取』で山本周五郎賞と日本推理作家協会賞をダブル受賞して、その受賞パ―ティ―の少し前あたりでした。去年の6月ですね。そして、その次の2回目の打ち合わせの時には、すでに『黄金の島』の構想は固まってましたね。

真保 以前に、ある出版社から書き下ろしで出す予定だったのが、これまで日の目を見ないでいたんです。ずっと前から、「ああ、この話を書きたいな」という気持ちを持ちつつ、どんどん月日だけが経っていってしまったわけです。

――いったい最初に構想を思いついたのはいつなんですか。

真保 構想を思いついたきっかけを話すと、お話の内容がわかっちゃう(笑)。だからあまり話せないのが辛いんだけど、実は、最初に漠然とスト―リ―の雰囲気を思いついたのは『震源』(93年5月刊)を書いていたときだったんです。『震源』のラスト前で、島へ乗り込んでいくシ―ンがあるんだけど、あそこを書いていて非常に面白く、かつ興奮したんです。そのときチラっと構想がかすめまして。その次に『ホワイトアウト』(95年9月刊)を書いたんですが、『ホワイトアウト』は山岳冒険小説なんです。それを書いているときに、「ああ、震源の時に思いついた『あのジャンルの小説』をやはり書きたいな」と、むくむくと気持ちが盛り上がってきたわけです。

――なるほど、なるほど。ということは、その時はベトナムという舞台はまだ考えていなかったんですか?

真保 ベトナムの小説というかベトナム人が登場する小説を書きたいなというのは、ちょうど同じ時期にベトナムの難民のエピソ―ドを聞く機会があったからです。ベトナム人のことに興味があって調べたら、「うわあっ、この人たちは何を考えてこんなことを」というエピソ―ドに接して、すごく興味を引かれました。それで状況、ジャンル、舞台設定が決まったわけです。

――なるほどねえ・・・・・・しかし、それにしても小説のスト―リ―をこの段階でお話できないのが残念ですねえ。読者の方も、もう少し物語が進むと、この真保さんの話がうなずけることでしょう。物語が進んだ段階で、また、ここ(インタ―ネット)で話をしましょうよ。

真保 そうですね、そうしましょう。


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